下田衣珠季「四期生さんのオーディションでは悩んで、やめたんです。それが悔しくて、五期生では応募したんです」【日向坂46『五期生LIVE』開催記念 五期生“変革”ドキュメンタリー②】

撮影/森山将人
7月15日、16日の二日間、横浜・ぴあアリーナMMにて、日向坂46「五期生LIVE」が開催される。2025年11月に行われた「新参者 二〇二五」以来となる五期生単独公演は、10人の現在地と、今後を占う試金石のステージとなるだろう。
今回は「五期生LIVE」に挑む10名全員が登場した『BRODY12月号』(2025年10月発売)より、全17,000字のドキュメンタリーを一部抜粋してお届け。「好きで。好きで。好きだから。」このキャッチコピーに突き動かされ、オーディションを受け、そしてステージに立つことになったメンバーたち。「五期生LIVE」初日、見る者を圧倒した10名の出会いを振り返る━━。
青春を取り戻したい
日向坂46五期生オーディションの募集が始まる。キャッチコピーは「好きで。好きで。好きだから。」。彼女たちが応募した理由はそれぞれ違うが、自分を愛せるようになるための一歩を踏み出した。
佐藤優羽:学生時代、ハッキリとした将来像を描くことができなくて。目標や夢がなかった自分を変えたいと思ってました。実際、日向坂46に入ってから「こうなりたい」という夢を持つことができるようになったんです。
大田美月:アイドルは遠い世界にいる人たちで、私は見ているだけでいいと思っていました。私が見てきたアイドルは、ステージ以外でも輝いていて、普段から「かわいい」を心がけている方ばかり。私には絶対できない、と諦めていたんです。でも、四期生さんが、グループに入ってからどんどん洗練されていく姿を見て、「私も日向坂46に入ったら変わることができるんじゃないか」とオーディションに応募しました。
下田衣珠季:四期生さんのオーディションに応募するか悩んで、「私には無理だろうな」と書類を送るのをやめたんです。それが悔しくて、五期生のオーディションに応募したんです。
松尾桜:日向坂46のライブ映像を観ながら一緒に踊ることが好きで、「(日向坂46に)入れないだろうな」とは思っていたんですけど、「ステージに立ちたい」という憧れがあって。平凡な日常を送っていたからこそ、非日常のアイドルの世界を夢見ていました。自信はないけど、愛だけはあったので、オーディションに応募しました。
大野愛実:生きることが下手くそで、不器用だった私は、日向坂46に惹かれました。けやき坂46時代に葛藤を抱えて活動していた先輩方の姿と、当時の自分に近いものを感じたんです。その葛藤があったからこそ輝きを放つハッピーオーラに憧れていました。同期や先輩方との絆が可視化されて、それがストーリーにつながるのがアイドルだと思っていて。同じ目標に向かって坂を駆け上がる仲間がほしかったんです。
坂井新奈:学校では本当の自分を見せることができなくて。見せたい気持ちはあるんですけど、人前に立つと顔が赤くなってしまうことが恥ずかしかったので……。日向坂46に入って明るくなりたい、と思ってました。
蔵盛妃那乃:高校で明るくなったとはいえ、根が明るい人と比べたらそうでもなくて。日向坂46で活動することで、「もっと明るくなりたい」という気持ちがありました。
片山紗希:私は「変わりたい」という気持ちはなかったんです。ただただアイドルが好きで、日向坂46のライブやミート&グリートに参加すると、特別な気持ちになれたんです。そのために毎日頑張ることができました。誰かにとっての「楽しみ」になりたくて、私はアイドルを目指したんです。
高井俐香:中学はコロナ禍の真っただ中で、人間関係もうまくいかなくて。高校は勉強熱心な学校でキラキラした青春は送れなかったので、「青春を取り戻したい」という気持ちもありました。
鶴崎仁香:自分を変えたい気持ちは強かったですし、高井のように「青春を取り戻したい」という想いもありました。高校は温かい環境で明るくなれたけど、コロナ禍で2年と3年がほとんど潰れてしまったんです。大学に入ったものの、アイドルになる夢を諦めきれず、学生生活を楽しむことができませんでした。日向坂46で同期という仲間を作って、何にも代えがたい経験をしたい。そう思ってオーディションに応募したんです。

撮影/森山将人
オーディションが進むうちに、仲間を見つける者もいた。
鶴崎仁香:3次審査で松尾と出会いました。ずっと下を向いてる松尾に「こんにちは」と話しかけたんです。友だちが多いわけじゃないんですけど、初対面の人に話しかけるコミュニケーション力はあるみたいで。自分でもその行動に引いてるんですけど、その日の帰り道に一緒にご飯を食べたんです。松尾と話していたら、同じ神奈川県出身で年齢が近いことがわかって、「アイドルが好き」という共通点から意気投合しました。
松尾桜:落ちる可能性があったので、オーディション中は誰とも話さないようにしていたんです。ライバルを見たら逃げ出したくなるタイプだから、下を向いてぬいぐるみと会話していたのに、鶴崎に話しかけられて。そんな人はこれまでの人生にいなかったので驚きました(笑)。でも、緊張をほぐしてくれた鶴崎の存在がうれしかったです。
下田衣珠季:4次審査の順番が近かったので、紗希と話したら生年月日がまったく一緒だと知って、一気に仲が良くなりました。審査が終わったあと、2人でジェットコースターに乗ったんです。
片山紗希:衣珠季は私とは違う明るさを持った子で、オーディションの時から周りの子と馴染むことが上手だなと思っていました。「ここに行かない?」と引っ張ってくれるありがたい存在でした。
鶴崎仁香:オーディション中の下田は覚えてます。明るい声が控室に響き渡っていたので(笑)。
下田衣珠季:逆に、「周りの子たちはなんでこんなに静かなんだろう。日向坂46に入るのに、こんなにおとなしくて大丈夫?」と思っていました(笑)。
鶴崎仁香:あの時はすみません(笑)。でも、緊張していたし、知らない人同士だから、普通はおとなしくしていると思います。
高井俐香:4次審査の控え室で、私も隣に座っていた佐藤もうつむいていたら、離れた席にいた大田が「やっほ~」と言いながら近づいてきたんです。3人で話して意気投合して、経験者の大田が私と佐藤にダンスを教えてくれました。合格したのは、大田のおかげかもしれません。
大田美月:ライバルだったかもしれないけど、かわいい子から頼られることが本当にうれしくて、2人にダンスを教えました。自分が落ちたとしても、ダンスを教えた子が受かったら光栄なことだと思ったんです。
佐藤優羽:歌唱審査では、つじあやのさんの『風になる』を歌いました。「陽のあたる坂道を自転車で駆けのぼる」という歌詞が、日向坂46と合っているんじゃないかと思ったんです。最終審査まで進んだけど、何をしたらいいのかわからなくて、とにかく焦っていたことを覚えてます。「絶対に落ちた」と思ったので、自分の番号を呼ばれた時は驚きました。
坂井新奈:オーディションが怖くて、緊張していた記憶しかありません。特技披露では「虫が苦手だから、逆に食べてみます」と言って虫を食べて、歌唱審査ではaikoさんの『カブトムシ』を歌いました。それまでオーディションで参加している子との接点がなかったけど、最終審査で大野が「こっちにおいで」と声をかけてくれたことがうれしかったです。
そんな中、大野は人生の転機を迎えていた。彼女は、同期の前で泣かないことを決めた。
大野愛実:オーディションは数分でその後の人生が決まるじゃないですか。それまで人生の分かれ道に立たされたことがなかったので、感情が揺さぶられたのを覚えています。しかも、私の前の子たちがすごい特技を見せていると、自分と比べてしまう……いろんな感情が入り混じって、オーディション中に涙が溢れてきました。ずっと泣いていたら、日向坂46のスタッフの方に「泣きすぎて心配です。もう泣きませんか?」と聞かれて、「はい」と答えたんです。あの瞬間が私の転機だったと思います。あれがなかったら、まだクヨクヨしたままだったかもしれないし、五期生曲のセンターに選ばれることはなかったかもしれません。
蔵盛妃那乃:合格発表後、「みんなで円になって、一人ずつ名前と出身地、誕生日を言っていこう」と提案したんです。メモしながら「よろしくね」と言いました。その時、大田がひとりだけお弁当を食べていました(笑)。
大田美月:誰かが手をつけないとみんな食べないかなと思って。お弁当を食べたけど、誰も続いてくれなかったです(笑)。でもせっかくのお弁当だったから、食べたかったんです。
彼女たちの親は、娘が選んだ道に驚きつつも応援することを決めた。親に見送られて東京に向かった大田、蔵盛、佐藤、高井。地方組の4人は、洗濯機の使い方さえ知らなかった。
大田美月:両親と祖母が新幹線のホームまで見送りにきてくれて、「バイバ~イ」と手を振って別れました。本格的な活動を控えてワクワクしていたし、メンバーの中で上京するのが1人じゃなかったので、あまり寂しくなかったんです。
蔵盛妃那乃:母は心配性で、私がひとりで東京に行くことが想像つかないみたいで。「大丈夫?」「生きていける?」と心配してくれました。母と一緒に家具を買っている間、日向坂46に受かった実感が湧いてきたんです。上京する日は、駅のホームで「頑張るんだよ」と言われて、新幹線の中で号泣しました。
高井俐香:私の両親は、娘にいい人生を歩んでほしいという考え方で、「安定した人生を送ってほしい」と思っているんです。そのために塾に通わせてくれたり、受験をサポートしてくれたり、海外に連れて行ってくれたこともありました。だけど、私は冒険するタイプで……。「日向坂46のオーディションに応募したよ」と話したら、両親は驚いてました。知らない世界なので、飲み込むまでに時間がかかったと思います。最終審査を終えて「合格したよ」と報告したら、快く送り出してくれたんです。上京する日は両親も私も大号泣して、「どこにいても応援するからね」という言葉をもらいました。
佐藤優羽:上京する日、母はいつもと変わらなかったんですけど、後から泣いていたみたいで。心配してくれているんだな、とジーンとしました。東京に来てから朝が不安なので、毎日母に起こしてもらっているんです。だから、東京でも母と毎日会ってるような気持ちでいます。東京での生活は不安でした。地方組の子たちは、洗濯機の使い方を誰も知らなかったんです(笑)。
大田美月:マネージャーさんに「ジェルボールがいいよ」と聞いたから、ジェルボールを買って洗濯機を回したんです。洗濯が終わったはずなのに、ジェルボールが変形しているだけで、洗濯物が濡れてもいなくて……ただ、洗濯機の中で服が回っているだけでした(笑)。
取材・文/大貫真之介
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