2022-12-04 20:15

天龍源一郎がレジェンドレスラーについて語る!ミスタープロレス交龍録 第49回「テッド・デビアス」

天龍源一郎が語るプロレスラー テッド・デビアス
天龍源一郎が語るプロレスラー テッド・デビアス
写真/平工幸雄

天龍源一郎は、その40年間の“腹いっぱいのプロレス人生”で様々な名レスラーと出会い、闘い、交流した。ジャイアント馬場とアントニオ猪木の2人にピンフォールでの勝利を収めた唯一の日本人レスラーであり、ミスタープロレスとまで称された天龍。そんな天龍だからこそ語れるレジェンドレスラーたちとの濃厚エピソードを大公開しよう!

俺のデビュー戦を10分リードしてくれた オーソドックスな一流の血を引いた選手

11月になると思い出すのはプロレスでデビューした頃のこと。俺は46年前の1976年11月13日、テキサス州ヘレフォードでプロレスラーになったからね。

振り返ると、デビューまでは怒涛の毎日だったよ。10月15日に東京ヒルトンホテル(現ザ・キャピトルホテル東急)で全日本プロレス入団記者会見をやって、2日後の17日の新潟県三条大会からシリーズに合流して開場前にジャイアント馬場さんやザ・グレート・カブキさんにプロレスの基本を教えてもらい、大会が始まったらリング上から入団の挨拶。10月28日の蔵前国技館大会まで11大会の試合前に練習しただけで10月30日にはハワイに飛んで、そこからロサンゼルス経由でテキサス州アマリロ入りしたのが11月7日。で、11月13日に本番の試合だから、全日本入団から1カ月もしないうちにデビューしたんだよ。

アマリロに到着してからドリー・ファンク・ジュニアには数回しか教わっていないよ。だってプロモーターでトップレスラーだったからね。アマリロのテリトリーはサーキットが長いから、ドリーが帰ってくるのが遅いんだよ。だから朝早く起きてアマリロのスポーツアリーナに来て、俺にプロレスを教えるのは多分、きつかったと思うよ。アマリロでドリーの右腕的存在だった技巧派のジェリー・コザックに教わるほうが多かったかな。ジャンボ(鶴田)はドリー直伝の派手なプロレスを覚えたけど、俺はジェリー・コザックに教わったから、地味なプロレスになっちゃったんだよ(笑)。

デビューの2日前には会場の雰囲気に慣れるためということで、馬場さんとドリーが考えたと思うんだけど、スポーツアリーナで相撲のまわしを付けたエキシビションマッチもやったね。

それがあっての本番のデビュー戦だったけど、今にして思うと、テッド・デビアスも大変だったと思うよ。今でも覚えてるんだけど、アマリロに行って最初に馬場さん、桜田(一男=ケンドー・ナガサキ)と観た試合のメインイベントがデビアスと誰か……多分、サイクロン・ネグロだったと思うんだよ。俺はこの年の蔵前でのジャンボとテリー・ファンクの華やかな試合(6月11日)でプロレスに魅せられたから「デビアスって地味だなあ」「ぽっちゃりしていて、パッとしないなあ」っていう印象しかなかったね。基本に忠実なプロレスをやるから、地味に映ったんだよね。

試合後にドレッシングルームに行ったら、ドリーとデビアスがシャワー浴びていて、デビアスがドリーの背中を流していたんだよ。「ああ、やっぱり相撲社会と同じで弟子が師匠の背中を流すんだなあ」と思って見ていたら、デビアスがポイッて石鹸を渡して、ドリーに背中を流させたからビックリしたよ。「えーっ、これでいいの!?」って、マジでカルチャーショックだったよ。

で、デビュー戦の時には日本のシリーズが始まるから馬場さんは日本に帰っちゃって、桜田も俺とは違う会場で試合が組まれていたから、月刊ゴングの現地通信員の茨城君(清志=のちにW★ING代表)の車で、住んでいたアマリロのホリデーインから1時間ぐらいのヘレフォード・ホールに行ったんだよ。

対戦相手のデビアスとはベビーフェイス同士ということで同じドレッシングルームだったのかもしれないな。「好きなことやっていいから。あとは俺がリードしてやるから、ついてくればいいよ」って言ってきてくれて、気が紛れたのを憶えているからね。

――記事の続きは発売中の「BUBKA1月号」で!

取材・文/小佐野景浩

天龍源一郎|1950年生まれ、福井県出身。1963年に大相撲入り。1976年のプロレス転向後は「天龍同盟」での軍団抗争や団体対抗戦で日本・海外のトップレスラーと激闘を繰り広げ、マット界に革命を起こし続ける。2015年の引退後もテレビなど各メディアで活躍中。

テッド・デビアス|1954年、アメリカ・ネブラスカ州生まれ。大学時代からザ・ファンクスの元でトレーニングを積み、1974年にプロレスラーデビュー。アマリロをテリトリーにNWAを主戦場にする。各地区の王座に就きリック・フレアーと並び次期NWAヘビー級王者の最有力と目される。1976年初来日。1983年には天龍との新王者決定戦を制しUNヘビー級王座を獲得。1987年からWWFに再登場してミリオンダラー・マンとしてヒールで活躍。1993年には全日本に参戦してスタン・ハンセンとのコンビで活躍する。1996年にはWCWに移籍してnWoのマネージャーになるが首の負傷などもあり引退。その後宣教師に転身。2010年WWEの殿堂入り。

「BUBKA1月号」コラムパック

▼ Amazon Kindle

▼ 楽天Kobo

▼ Apple Books

▼ 紀伊國屋Kinoppy

▼ BOOK☆WALKER

▼ honto

▼ セブンネットショッピング

▼ DMM

▼ ebookjapan

▼ ブックパス

▼ Reader Store

▼ COCORO BOOKS

▼ コミックシーモア

▼ ブックライブ

▼ dブック

▼ ヨドバシ.com

その他、電子書籍サイトにて配信!

【BUBKA (ブブカ) 2023年 1月号】
▼Amazonで購入

Twitterでシェア
Googleで優先するソースとして追加

MAGAZINE&BOOKS

BUBKA

BUBKA 最新号

BUBKA RANKING17:30更新

  1. SKE48荒井優希、赤井沙希とのタッグマッチで勝利「すごく心強い存在感に支えられた」
  2. SKE48荒井優希「プロレス界でももっと1番を狙っていけるように」渡辺未詩とのタッグで勝利を収める
  3. 『日向坂46×ニューエラ』コラボレーションヘッドウェア発売決定
  4. プロゴルファー菅沼菜々、髪色ピンクの魔法少女に変身 “無敵のハート”で笑顔を届ける
  5. SKE48荒井優希、3度目の防衛成功「ここで満足せずにもっと高みを目指す」
  6. 石岡真衣のドラゴンズ勝利の女神記 第11回「今シーズンラスト観戦!どらほー目指して」
  7. SKE48荒井優希、Finallyで渾身のフォール勝ち
  8. SKE48荒井優希選手、鈴芽選手に勝利し“ベルト挑戦”を宣言
  9. SKE48荒井優希&赤井沙希、プリンセスタッグ第10代王者のベルトを手にして号泣
  10. SKE48荒井優希、初対戦のアジャコングに“一斗缶攻撃”も食らい完敗
  1. 櫻坂46増本綺良、笑顔で駆け抜けた8年 “頑張ってたね”が満ちた卒業セレモニー
  2. 乃木坂46 賀喜遥香が語る、グループの垣根を超えた“同期”の存在「オーディションで同じだったメンバーを見る度に、『私も負けないように頑張らなきゃ!』という風に思えた」
  3. 乃木坂46伝説の『アンダーライブ』から9年━━東京体育館を舞台に、座長・小川彩を中心とした42ndSGアンダーメンバーが残したメッセージ
  4. 若月佑美、“どこかでまた出会えるかもしれない” 作品販売に寄せたワクワクと感謝
  5. “幼稚園から続く表現の道”が結実 若月佑美、初の作品展『FIRST EGOISM』で見せた本音
  6. 青葉坂46、2027年12月に日本武道館で“解散ライブ”開催決定→配属先も発表へ 2027年の活動内容も解禁に
  7. 乃木坂46 6期生の撮り下ろしグラビア企画始動 初回は大越ひなの
  8. 乃木坂46、42ndSGアンダーライブ『Our Story』が終幕━━座長・小川彩「新しい歴史を切り開いて、その先頭に立つ人に、私はなります」
  9. “考えすぎる自分”を手放す瞬間 若月佑美、創作に向き合う理由を語る
  10. 櫻坂46三期生 遠藤理子座長『15th Single BACKS LIVE!!』開催

関連記事