『証言TIF~アイドル戦国時代とはなんだったのか~』第7回:BiS・プー・ルイ×ミチバヤシリオ「誰もパンツは投げないですからね。でも、特に話題になった記憶もないです(笑)」

7月31日から8月2日の三日間、東京のお台場・青海周辺エリアにて、「TOKYO IDOL FESTIVAL 2026」(通称TIF)が開催された。
2010年に第1回が行われ、今ではアイドルシーンに欠かせない一大興行にまで成長したTIF。そのムーブメントの渦中にいたアイドルたちの証言をもとに、TIFがアイドルシーンに与えた影響について迫っていく本連載の第7回に登場するのは、2010年代を語るには外せないアイドルグループ・BiSより、プー・ルイとミチバヤシリオの2名。アウトローな活動ばかりが注目されるが、2013年のグランドフィナーレでの『nerve』は間違いなくTIFの歴史に刻まれる名場面に違いなかった。「時代の波に乗った」と語る彼女たちに、カオスだけど一番楽しかった“あの時代”を振り返ってもらったインタビューを、『BUBKA2月号』より一部抜粋してお届けする。
お台場にパンツが降った日
――BiSが初めてTOKYO IDOL FESTIVALに出たのは2012年なんですよね。
プー・ルイ(以下、プ-):全然覚えてないので調べました(笑)。『PPCC』の衣装を着てライブしてる記事が出てきました。
――当時のライブ映像も見たりしたんですけど、若者らしく自信に満ち溢れていてちょっと感動してしまいました(笑)。
プー:それは思い出補正すぎます!
ミチバヤシリオ(以下、ミチ):クソクオリティでしたからね。
プー:でも、そりゃ調子に乗りますよね。BiSがきてる、とか言われたから。いま思うと一番きてたのがその頃だもんね。
ミチ:調子に乗ってなきゃできないよね。
――BiSが初出演を果たす前からTIFの存在は知ってました?
プー:さすがに知ってました。出たいなと思った記憶はあるけど、捻くれていたので「出なくていいっしょ」みたいに強がりを言っていたと思います。渡辺(淳之介)さんと。
――ところが2012年にavexからメジャーデビューを果たし、堂々とTIF出演となりました。
プー:(第1期)BiSは2回だけ出たのかな。2014年の夏にはいなくなったので。ミッチェルもどっちも出たよね?
ミチ:うん。たしか2回目のときかな。Zeppのステージに最前管理の走りみたいな人がいて、BiSのオタクとほかのアイドルを待ってる人がめちゃくちゃケンカしてて(笑)。こっちのライブを見もしないし、もう殴り合いですよ。暴力。それを見て、他所のオタクマジキモい、みたいなツイートをしてプチ炎上したのが思い出です。自分のところのオタクが殴られ続けるのを見て、やだ、こわい、やめてと思ってツイートしたら、怒られるという。それから変な粘着のオタクみたいなのから毎日リプがきて「謝ってください」「無視しないでください」と言われ続けて。そういうとこだよ、と思いながら見てました。アイドルの人はオタクを選べないから、アイドルさんかわいそうと思ってました。
――当時はシーンの熱狂もすごかったですけどSNSもヤバいですね。
ミチ:2日目くらいまではこわくてどうしようと思ったけど、だんだんキモさが越えてきた。毎回長文なんですよ。本当にヤバいやつじゃんって思ったな……。
――しかし最初に出てきた思い出のエピソードがそれですか(笑)。
プー:あと覚えるのは、パンツ投げました。
ミチ:え? 覚えてない。
プー:屋上のSKY STAGEで。
――ありましたね。その年の春に乃木坂46が『おいでシャンプー』でスカートを上げる振り付けを披露して、それが批判されたんですよね。それに乗っかったのかなんなのか、スカートを上げるどころか下に履いているものを脱いで投げるという。
ミチ:えー! プー・ルイだけが投げたってこと?
プー:いや全員だよ(笑)。いまはいろいろと厳しいと思うけど、当時はBiSに限らず、みんながいかに名を上げるかの場だった印象があります。
――そうそう、2012年はFANTASTIC THEATERのステージが壊れてBiSのライブも振り替えになったりもして。そういうことですら話題になって「おいしい」みたいな話に収束していた記憶があります。
プー:そんなことありましたっけ?
ミチ:リリスクが外を歩きながら歌ったときだ。
――ゲリラでやったんですよね。さすがにライブは無許可でできないから、SMILE GARDEN近辺を歩きながら声を出すという形で。おおらかな時代だったし、前回のでんぱ組.incの話に出てきたんですけど、誰しもがかぶらないことをやる時代だったとも思います。
プー:誰もパンツは投げないですからね。でも、特に話題になった記憶もないです(笑)。
――見てましたけど、あっという間の出来事だったからあまり気づかれなかったんですよね。
プー:投げ損ですね。
ミチ:そんな言葉聞いたことない。
――ちなみにそれをやりなさいと指示されて、どう思っていたのでしょうか。
プー:なんとも思ってないですね。「パンツ? はーい」だったと思います。
ミチ:当時はそうだよね。だんだん思い出してきたけど、投げる用のパンツだったよね? これを一旦履いて、これを脱いで投げるだけだし、と思ってた。
プー:ただ、「おもろ!」も別になかった(笑)。「それおもろいっすね。やっちゃいましょう」という感じでもない。ほんとに「はーい」でしかない。
ミチ:ノリノリでやりました、みたいにいちエピソードあったりしたらもっと覚えてると思う。
プー:どっちかというとそれくらいは日常という感じだもんね。ミッチェルもそれが嫌というメンバーじゃなかったよね。
ゼロからの成り上がり
――BiSは深夜の「IDOL CLUB NIGHT」ステージにも出てました。
ミチ:いまはないんですか?
――ないですね。
プー:私はあったことも覚えてない。
ミチ:渡辺さんが帰りの交通費も宿泊費も出ないのに夜中にブッキングするのはおかしくない? って揉めてたのは覚えてる。
プー:めっちゃメンバー思いじゃん。
ミチ:ステージがどうだったかは思い出せないなぁ。
――BiSは夜中の3時過ぎの出番で、スクール水着で出てますね。その時間帯はお色気枠で、セクシーオールシスターズとかが出てたんですよね。BiSもおそらくそういうことを意識した衣装だったんですよ。
ミチ:えー(笑)。なにをしたか教えてください。
プー:記憶がなさすぎる(笑)。
ミチ:よく覚えてるのは楽屋が大部屋だったことくらいです。出番が終わって戻ってきたら違う人の荷物が置いてあったりして。
プー:場所取り合戦だったもんね。
――そんなところでも小さな戦が……。
ミチ:次の年は個室が用意されてて、たまげたもん。
プー:そうそう、次の年はちょっと売れてたから。楽屋に感動した覚えがあります。TIFに出れないところから始まって、「こんなのアイドルじゃない」といろんな人から言われ続けてたのが、2013年はグランドフィナーレで『nerve』をやったんですよ。BiSをやっていて上り詰めた感覚が一番あったのはそれです。名だたるアイドルを引き連れて『nerve』ですよ?
ミチ:アイドリング!!!が後ろにいましたからね。菊地亜美に振りを教えてますから。
プー:TIFの記憶といったらそれですね。
――つまりBiSは戦国時代の波に乗れたグループですよね。
プー:むしろ波でしかないです。波に乗らなきゃあんなグループが売れたりしないですし、生き残れてないですから。お客さんゼロからの成り上がりなので。昔、渋谷のエッグマンで急にライブが決まった日があって、メンバーよりもお客さんが少ない日があったんですよ。BiS目当ての人じゃなくて、イベント自体のお客さんの数が、です。メンバー4人、お客さん3人。そこで『nerve』をやったことをすごく覚えていて、そこからのグランドフィナーレの景色だったから、ものすごい感動だったんですよ。もしかしたら横アリよりも「やったぜ」という感覚はあったかもしれないです。
――はっきりとブームの渦中にいた感覚があったわけですね。
プー:ありましたね。そもそも私はソロでテクノポップのシーンでやっていたじゃないですか。お客さんが全然いなかったのでBiSを始めて、曲とか衣装とか、やることはそこまで変わってないのに、戦う場所を変えた途端にお客さんが来るようになったんです。それでアイドルというのは盛り上がっているんだと感じたし、ひゅーっと上がっていけたなと思ってます。
――積極的にダーティな役回りを買って出た珍しいグループですが、それも功を奏したというのも時代ならではですよね。
プー:どんどん来てくれる人は増えましたけど、自分たちではダーティなことをやっているとは思ってないんですよね。
ミチ:嫌われてるなっていうのはあったよ。プー・ルイとかのんちゃん(ヒラノノゾミ)のほうが嫌われ時代を体験していたと思うけど、私たちが入ってからはその時代から脱却中みたいな感じで、脱却してからはウイぽん(ファーストサマーウイカ)が入ってくる雰囲気だったと思います。私は嫌われ時代をちょっとかじったくらいですけど、アイドルが集合するイベントに出るたびに「BiS出るな」って書かれることはありました。
プー:「推しに近づくな」みたいのはあったね。
ミチ:それがいつしか書かれなくなってきたなと思ったら、TIFで個室が準備されてるし、グランドフィナーレで歌う上にオタクたちも踊ってる、みたいな。あれれ?っていう感覚でしたね。
プー:自分たちは最後まで変わってないですけど、世間の目が変わっていったんだと思う。
ミチ:なにをしたから嫌われなくなったのかわからないけど、「BiS出るな。研究員はイヤだ」から「BiSを見たいと思ってたんだよね」になっていきましたよね。
プー:評価が変わる決定的ななにかがあったわけではないけど、徐々に変わりましたね。きっとなにを言われてもBiSがなにも変えずに進んでいったからだと思います。へこたれるメンバーでもなかったですし。特に最初から続けてきた私とかのんちゃんはそうですね。「BuS(ブス)だ」とか言われても、「それはバスだわ」みたいに思ってましたし(笑)。
ミチ:のんちゃんは怒ってたじゃん!
プー:怒ってたけど(笑)、それに落ち込むタイプではなかった。いまに見てろよ、見返してやんぞ、というマインドだったし、それがいつの日か時代が追いついた。というか追いつく前に解散して、BiSHで時代が追いついたんですけど。でも、評価が逆転するかな〜くらいのところまではいけたと思います。
ミチ:私はたまに自分でもなにしてるんだろって思ってたよ。歌もダンスも上手じゃないし、なにをみんなに見せてるんだって。
プー:あはは。そこは違うかもしれない。私は当時から“自分はアイドルだ!”という謎の自信がありました(笑)。だからいまも続けちゃってるんですよね。我に返ったミッチェルと、ずっと我に返れてない私。どっちがいい悪いじゃなくて、そういうことなんだと思います。
――メンバーの技術面はともかく、当時のライブは胸に迫るものがありましたよ。
ミチ:プー・ルイは歌がうまかったですしね。私はただの大学生みたいな感じだったので、お金取って大丈夫なのかなと思ってた(笑)。ただ、曲がよかったからCD聴いてくれたら好きになりますよね。パフォーマンスがあれで変な曲だったら離れちゃうけど、聴いたら曲が良いからみんな来てくれたんじゃないかな。
取材・文/南波一海
プー・ルイ プロフィール
2010年よりBiSとして活動。2018年にBiSを脱退後、BILLIE IDLE®として2019年まで活動。2020年からは株式会社プープーランド代表取締役を務める
ミチバヤシリオ プロフィール
2012年4月、新メンバーとしてBiSに加入。約1年半の活動期間を経て、2013年9月に就職活動と学業を理由に脱退。当時のキャッチコピーは「かわいい女の子が~大好き!キモミッチェル♪」。










