2025-06-02 18:00

【吉田豪インタビュー】かつての「神童」が母親に「壊れた」と思われ、スチャダラパーとの出会いから「かせきさいだぁ」になるまで

かせきさいだぁ
かせきさいだぁ
撮影/河西遼

かせきさいだぁの誕生

――そのうち、そんな仲間のなかでの差別化を考えるようになってくるわけですよね。

かせきさいだぁ そうですね。そのときいたのがスチャダラパーとTOKYO No.1 SOUL SET(注7)と……ソウルセットはまだレゲエっぽいことやってたんですよ。僕はTONEPAYSで日本語でラップでやるにも、あともうひとりメンバーのМCタカちゃん(光嶋崇)っていうボーズの弟がいたんで、歌詞書くとちょっとニュアンスがボーズと似るんです。同じようなものを見て育ってるし、ふたりで住んでるから家で同じレコード聴いてるんで、似てくるのはよくないなと思って。で、差別化を考えて、あるときみんなでライブのネタに使うレコードを探してこようって言って、みんなブレイクビーツ買ってきたりするんですけど、僕はそこでゴンチチ(注8)のレコードを買ってきて、そしたらゴンチチがやっぱ合うってなって。それで新宿のどっかのクラブでECD(注9)が司会やってたコンテストがあってゴンチチの曲でライブしたら、ライブ中にすべてのDJが集まって「なんのレコード使ってんだ?」って覗き込んで、「ゴンチチでラップできるんだ!」みたいな(笑)。これで差別化できたなと思って、より差別化しよう、と。

――そっちに突き進んでいくんですね。

かせきさいだぁ 今度は歌詞のほうまで差別化しようって悩んでたら、TONEPAYSのDJのナイチョロ亀井に「かせきははっぴいえんど(注10)を聴くといいよ、松本隆(注11)の歌詞の大ファンじゃん」って言われて、CDを借りて聴いたらつげ義春がロックに乗ってるみたいな感じだったから、こんなすごいバンドがもうあったんだ!ってビックリして。それで自分ですぐ買ってライナーもしっかり読んだら「日本語のロックを確立したバンド」って書いてあったから、そっくりな歌詞でラップを書いてこの曲をサンプリングしたら日本語で初めて日本のラップをしたラップグループになるんじゃないかって気づいて、それですぐやって。

――発想は異常に単純ですよ!

かせきさいだぁ まずは『苦悩の人』って曲を作って、でも『風をあつめて』(注12)のサンプリングなんで暗い感じの曲になるじゃないですか。誰も踊らなくて。しょうがないから椅子に座ってラップしたり、いろいろ考えてやってましたね。それでクラブチッタのチェック・ユア・マイク・コンテストですよね。僕それで『苦悩の人』を歌ったんですけど、こんなコンセプチュアルで日本人に向けてのラップを作ってる男が満員のチッタでやって、これはもう優勝だと思ってて。だから特別賞のときも何も動かず、3位、2位のときも動かず、「1位は!」って言った時、ホントに一歩前に出たんですよ。そしたら「ZINGI(注13)!」って。

――あ、ZINGIに負けたんですか。ちなみに当時、ZINGI的なギャングスタっぽいラッパーのことはどういうふうに見てたんですか?

かせきさいだぁ ZINGIは要はパブリック・エナミー(注14)ですよね。それを暴走族っぽくアレンジして。だから考えられてるなと思いましたね。

――その頃は、もしかして音楽で食べていけるかな、みたいな思いはあったんですか?

かせきさいだぁ そんなのこれっぽっちもないですよ。スチャダラパーはCD出せてましたけど、他はほぼCD出してなかったんで。ヒップホップ冬の時代って言われて誰もCD出せない、でもイベントはいっぱいある、みたいな時期でしたね。それで毎週末ライブやってましたけど、桑沢卒業するときナムコに入ったんですよ。1日じゅう絵を描くのだけはまったく苦じゃないんで、どうやったら1日じゅう絵を描く仕事ができるんだろうって。

――で、ドット絵を描き続ける毎日になる。

かせきさいだぁ そうです。ドット絵も最初は慣れなくて「もう君、クビだから」って言われて。3ヶ月の研修期間が終わって、それをギリ1回延ばしてくれて、「もう3ヶ月後にはあなたクビだから新しい仕事探して」って言われて、それから仕事してる振りしてたんです。そしたら『ファミスタ』作った岸本好弘さんっていうプログラマーの方がアメリカのスーパーファミコン版『ファミスタ』作ってて、ちょっとリアルっぽいカラフルな絵を描けるヤツを探してるんだって言ってて、誰かに声掛けては「できてない、ダメだこれは」って言ってて。僕は縁がないと思ってたら「おい、誰もいなくなったじゃねえか、こいつはどうだ?」って僕のこと指して。上司は「いや、彼はもうクビになる人だから」って感じで。でもとりあえずちょっと描かせてみるかってなって。それは球場を選べるヤツで、写真バッと渡されて、「これと似た感じに描いてみろ」って言われて、ホントに蜘蛛の糸ですよね、それですごい勢いで30分ぐらいで描いて、「できました!」ってすぐ電話して。「こんな早くできるわけがない……できてるじゃないか! 他の球場も描け!」って全部渡されて、やってるうちに「じゃあこれも」「これも」って、それでだんだん『ファミスタ』の岸本さんに気に入られて、とりあえずなんか頼むことがあったら僕に言ってきたり、それで5年ぐらいやってました。

――会社行く途中で気分悪くなってた人が。

かせきさいだぁ そう、『ファミスタ』に関わる前まではホントに電車乗ってたら気持ち悪くなって、2駅ぐらい乗っては降りて。会社に着かなくてそのまま帰ったことも何度もあるくらい精神的にやられてたんですけど、助かりましたね。うっかり行くところにいつも助けてくれる人がいるんですよね、ボーちゃんがいたり、『ファミスタ』の岸本さんがいたり。

――基本、受身な人生って気がしますね。

かせきさいだぁ 受身ですよね。攻めてる気もあるんですけど、攻めたつもりでいくとそこには必ず誰かがいるっていう。僕はいつも自分の人生はすごいガツガツしてると思うんですけど、みんなからは「すごい呑気にやってるね、ガツガツしてるように見えたことがない」って。こないだボーちゃんが絵の展覧会に来てくれたときに言ってました、「かせきは生まれる時代を間違えてる。早いか遅いかはわからない、とにかくいまじゃない」って(笑)。たしかにそうかもと思いましたね。当時、岸本さんには「頼むから社員になれ」って言われてたんですけど、僕、朝起きられないんでいつも昼過ぎに行ってたんですよ。

――それってありなんですか?

かせきさいだぁ ありじゃないのを岸本さんが「あいつはしょうがない」って言ってくれてたんだと思います。それがたいへんだから「社員になってくれ」ってことなんでしょうけど、「いや、ちょっとラップがあるんで」って。

――でも、そのうちTONEPAYSやめてゲームに専念しようと思ったわけですよね。

かせきさいだぁ そうなんです。TONEPAYSもナイチョロ亀井は25歳までにものにならなかったら実家に帰ってこいって言われて、まずDJが帰って。ライブのときにときどき来たりはしてたんですけど、だんだん仕事が忙しくて来られなくなって。で、ボーズの弟のタカちゃんとふたりでラップやってたんですけど、もういいだろってタカちゃんも思い始めて、もうやめるって言って。DJいないしひとりじゃできないもんな、こりゃ解散だと思って川辺くんに電話したんです。困ると川辺くんに相談してたんですよね。「熱があるから今日ライブ行かない」とか電話したり。そしたら「熱で休むヤツなんて聞いたことないんだけど」「え、そうなの!?」って言って、それでライブ行ったり。で、「解散しちゃったんだけど」って電話したら、「おまえだけはやめるな、俺がこれからDJやるから」って。それで仮面ライダーみたいでカッコいいなと思って化石サイダーって名前にしようとしたら、ボーちゃんに「はっぴいえんど好きだったらひらがなだろ!」って怒られて。

――そういうことだったんですか!

かせきさいだぁ そう、「ホントだ!」って。それでもうちょっと練ってからかせきさいだぁでやろうと思ってたら川辺くんに首根っこつかまれて、「ライブやるぞ!」って。川辺くんが1年はビッチリやってくれましたね。川辺くんすごい盛り上げてくれるんですよ。イベントに出るってなったら川辺くんがDJ2時間ぐらいかけて、誰も踊ってないフロアを全員踊らせるまでやってから「かせき、ライブやれ!」って言われてバッとライブやったり。だから「CD出しませんか?」って話が来たのかもしれないですね。TONEPAYSのままだったら暗いラップグループだったんで。

――またもや人のおかげシリーズ(笑)。

かせきさいだぁ 人のおかげですね、ホント。

取材・文/吉田豪

大ボリュームのインタビューの続きはこちらから

かせきさいだぁ(写真左)と吉田豪(写真右)
かせきさいだぁ(写真左)と吉田豪(写真右)
撮影/河西遼

かせきさいだぁプロフィール

1968年生まれ。静岡県出身。「TONEPAYS」の解散後、94年に1人で「かせきさいだぁ」として活動開始。96年に1stアルバム「かせきさいだぁ」でメジャーデビュー。その後、ワタナベイビーや小暮晋也、いとうせいこう、Dub Master Xらとともに複数のバンドを結成。音楽活動以外にも、アート個展の開催や4コマ漫画『ハグトン』執筆など多岐にわたる。

記事注釈

(注7)TOKYO No.1 SOUL SET…90年に結成された川辺ヒロシ、BIKKE、渡辺俊美の3人組バンド。 

(注8)ゴンチチ…78年に結成されたゴンザレス三上とチチ松村によるインストゥルメンタル・アコースティック・ギターデュオ。多くのCM、映画音楽などに起用されている。

(注9)ECD…60年生まれのラッパー。92年にアルバム『ECD』でデビュー。96年に「さんピンCAMP」を主催。18年に死去。 

(注10)はっぴいえんど…細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂によるバンド。70年に「ゆでめん」の愛称で知られる『はっぴいえんど』をリリース。72年解散。

(注11)松本隆…49年生まれ。はっぴいえんどのドラム、作詞を担当していた。作詞家として、『木綿のハンカチーフ』をはじめとする太田裕美の楽曲や、松田聖子、原田真二、桑名正博、近藤真彦など、枚挙に暇がない作品を手掛け歌謡界の一時代を築いた。 

(注12)『風をあつめて』…71年リリースの『風街ろまん』に収録されているはっぴいえんどの代表作。古き良き東京の姿を「風街」という架空の街に見立てた歌詞が特徴。

(注13)ZINGI…90年にMC仁義(現在はGERU-C閣下としてアイドルプロデュースなども手掛ける)を中心に結成された「HARD硬派」ヒップホップグループ。

(注14)パブリック・エナミー…85年に結成されたアメリカのヒップホップグループ。社会派、政治的なリリックが特徴。 

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